| 7 天然記念物 |
|
| 明治二三年(一八九〇)五月一一日、牧野富太郎博士が、江戸川畔小岩村伊予田の地にて日本で最初に発見されてより、茨城県下、埼玉県幸松村、群馬県館林、新潟県黒崎村、埼玉県三田ヶ谷沼、京都巨椋池、三重県長島村と相ついで発見され、日本でもムジナモの産地がだんだん広がってきたが、他の水草のように普遍的に生育しているものではなく、隔離分布が著しい上、水質や水路その他環境条件に鋭敏に支配されて、その消長にかなりの変化が起こるというので、政府はこれを天然記念物に指定して保存や保護にあたることになり、大正九年七月に多々良沼のムジナモは、「多々良沼ムジナモ産地」の名称のもとに指定されたのである。大正一〇年三月に東京府の「小岩村ムジナモ産地」、大正一四年一〇月に京都府の「巨椋ムジナモ産地」、大正一五年二月に埼玉県の「幸松村ムジナモ産地」が相ついで指定されたが、干拓、水路変更などの結果絶滅または極端に減少してきたので、指定を解除されてしまい、現在では群馬県の「多々良沼ムジナモ産地」だけとなってしまった。この意味からも多々良沼のムジナモは、重要なものであり、保護の重要性を感じるのである。 |
|
| §1 公文書に記載されたムジナモ |
| 群馬県教育委員会社会教育課に保存されている史蹟名勝天然記念物台帳の指定史蹟名勝天然記念物一覧No.1に記載されているムジナモの記録を載録し、指定当時の様子について参考に供したい。 |
所 在 地 細 目
| 町村 |
大字 |
字 |
地番 |
地目 |
地籍 |
所有地 |
− |
| 多々良 |
日向 |
多々良沼 |
1,744 |
沼 |
130 3508間
実測15.8415 |
国 |
− |
|
|
| 天然記念物 |
種別 |
第一類 |
登録番号 |
天第九号 |
指定告示 |
大正9.7.17 |
| 発理23号 |
| 名 称 |
多々良沼ムジナモ産地 |
所 在 地 |
邑楽郡多々良村 |
| 管理者 |
− |
指定年月日 |
− |
| 指定理由 |
本邦ニ於ケルむじなもの産地ハ利根水系ニ関係アル水渠ニ於テ従来数ヶ所ヲ算ヘタルニ過キサルカ漸次絶滅シテ現今其ノ確実ナル産地トシテ僅カニ二ヶ所ニ過キス保存ノ要アルニ依ル |
| 保存要件 |
従来ノ慣行ニヨル蘆、葦類ハ採取ノ外現状ヲ保持シ且厳ニ其ノ濫採ヲ防止スルヲ要ス |
| 説 明 |
多々良沼ノ西南部ノ俗ニ天沼ト称スル水沢地ニシテ冬季ハ渇水シテ一面泥土ヲ露出ス而シテむじなもハ水沢中ニ密生セルまこもの間ニ在リ |
|
|
| 所在地細目の地籍に、実測15.8415とあるのは、指定当時の保護区域が15町8段4畝15歩であることを意味している。指定された区域内には、当時制札を建てその保護にあたった。制札は、材木の柱に板張りで次の文章が縦に記されてあった。 |
| 此の沼の葦、じゅんさい等を切りとるべからず 大正10年5月15日 内務省 |
|
|
| §2 陛下の御研究にムジナモを |
| 昭和9年11月、群馬県陸軍特別大演習の折、聖上陛下前橋に御駐輦中、其の筋の命に依って高野先生がムジナモを採集し、天覧に供し奉った。また大正13年当時皇太子であられた聖上陛下が、日光に御避暑中に、昭和2年澄宮殿下が伊香保に御滞在中、御研究の資料にと、本県知事はムジナモを御献上申し上げたという。 |
| |
|
|
|
|
|
|
| *「館林市・邑楽町におけるムジナモ発見とその推移」は邑楽町役場の許可を得て掲載しています。本稿についての著作権・財産権は邑楽町役場にあります。本稿内の文章・図版・表などのコンテンツを権利者の許可を得ずに無断で複製、転用などの2次使用をすることを禁止します。 |